マツダ・RX-8は2003年3月に登場し、2008年3月のマイナーチェンジ後、2012年6月まで生産されていた。
2018年現在、最後のロータリーエンジン搭載車だ。
世間では不人気車と言う認識が強い様で、圧倒的な知名度を誇る先代RX-7の陰に隠れている印象は否めないのだが、実際にはかなり良く売れた車であり、にも拘らず、どうしてRX-8は不人気と言うイメージが付いてしまったのか。
それは、先代のRX-7が原因と言っても過言ではないだろう。
マツダは当初、ロータリーを復活させるとは明言していたが、RX-7の後継とは一言も言っておらず、RX-8はRX-7の後継ではなく、新規車種だとハッキリ書いてある。
しかし、かなり気合を入れて設計し、本気でRX-8と言う車を新世代のスポーツカーとして売り出そうと言う姿勢は垣間見えるのだ。
とは言っても、そんな事は消費者には一切関係なく、世間はRX-7の後継と言う認識でRX-8を見る。
こうして、かつてない程大きな期待を背負って発売されたRX-8だったが、その期待こそが大きな枷となってしまった。
RX-8の完成度は極めて高いと思う。
燃費を除いては、何一つ悪い所が見当たらない。
ただ、発売当初から生産終了に至るまでの間は評価されていなかったのかと言うと、そう言うわけでもなく、むしろ高評価ではあったのだが、いくらメディアが評価しても世間との温度差が激しかったのが現実だ。
バブル崩壊後に発売されたRX-7と同じく、原油価格が高騰し、世間はエコカーブーム。
トヨタの二代目プリウスなどに代表されるハイブリッドカーや、三菱が投入してきたi-mievなどのEV(電気自動車)が注目されており、燃費の悪いスポーツカー、特にこの部分に関しては圧倒的に不利なロータリーは時代を逆行する様な物。
しかしそうは言っても、そもそもハイブリッドやEVを好んで買い求める層など、時代がどうであれスポーツカーなど求めないだろう。
完全に棲み分けは出来ている印象だが、スポーツカーを求める層の目にはどう映ったのか。
モータースポーツの公式戦に於いては、過給機係数は存在しても、ロータリー係数を掛けるカテゴリは少なく、特にジムカーナに於いては1300cc扱いで圧倒的有利とまで言われた。
そして発売直後、一時期は1600cc以下のクラスでRX-8のワンメイクになる程投入されたのだが、どう言うわけか翌年には姿を消し、再びRX-7の姿を目にするようになる。
ここに大きな弱点があったのだと思う。
ターボチャージャーで過給するRX-7に対し、自然吸気のRX-8では、加速力、特にジムカーナの様な低速のカテゴリに於いてトルクの低さが致命的であった。
マツダがかなり工夫したとは言え、大人4人が十分に座れる空間を持たせ、ボディサイズもコンパクトとは言い難い。
そして、長いホイールベースに、車重は1350kgを超えるなど、かなりキツイ要素が多かった。
これにより、本来格下のはずである同クラスに出場するホンダ・シビック、引いては同社の弟分であるはずのロードスターにさえ苦戦を強いられるなど、ジムカーナでは不利な車と言うレッテルを貼られる事となる。
対して、サーキットなどでの評判はそんなに悪くはない。
しかし、あくまでもノーマルの話であり、ターボに比べてパワーの出し難いNAでは、結局詰めて行けばRX-7の方が速いと言う結論となり、どうにも中途半端な立ち位置となってしまう。
そして、本気で速さを求める層は離れて行き、手頃に、手軽に扱えるロータリーと言う位置付けで、ごく一般の層にそこそこ人気があったと言うに留まる。
結局のところ、この後もモータースポーツのカテゴリに於いて実践投入される数が少なく、情報が少な過ぎた事が原因である。
モータースポーツに於いての活躍は本当に少数で、一部のプライベーターチームが耐久レースへ参戦していた様だが、良い結果は残せていない。
また、D1グランプリやデイトナ24時間レースなどで成績を残している車両は存在するものの、FDのエンジンに換装してあったり、3ローター仕様になっていたりと、市販のRX-8を無視した改造と言えるので、こればかりは素直にRX-8の活躍とは認め難い印象だ。
ただ、上記の2車については、RX-8のシャシー性能の高さは評価されていると考える事も出来るだろう。
そして、非常に貴重な例としては、全日本ジムカーナと全日本ラリーに於いて、オリジナルの2ローターを搭載したRX-8が活躍している例がある。
ジムカーナでは、スーパーオートバックスの車両で、川北忠選手が2010年にSA1クラスのシリーズチャンピオンを獲得すると言う快挙を達成しているのだが、実はここに至るまでに相当苦労しているのだとか。
他の車両の様に情報が出揃っているわけでもなく、ジムカーナでは不利と言われたRX-8で苦戦を強いられており、セッティングにはかなり苦しんだ様である。
シビックにどうしても勝てないと言う状況が数年続き、2010年、この年にダメならRX-8は諦めるつもりだったと言う。
ただ、2010年に優勝を果たしたとは言っても、当然楽に勝ったわけではなく、最後までギリギリの接戦を制した形だ。
そう言う意味では、この優勝と言う事実があっても、ジムカーナではキツイと言う事に変わりはないのかもしれない。
エンジンフィールのクセはかなり強い。
と言うのも、乗り難いとかそう言う事ではなく、昔のチューンドエンジンに例えると分かり易く、下が本当にスカスカなのだ。
S2000やインテグラTypeRのVTECもそうだが、高回転を使えるかどうかが速く走るためのカギであり、オイシイ領域を使えない場合は、別の車を選んだ方が得策と言う、ハッキリと遅い、速いの分かれる車と言った印象を受ける。
そう言う意味では初心者向けではなく、上級者向けのエンジンだ。
遅いと言われるのは、キツイ言い方だが、乗りこなせなかった人、諦めた人達の言い訳に過ぎないと言うのが、RX-8が遅いと言われる噂の真実であろう。
最近になって急にメディアがRX-8を再評価し、マニアの間では話題となっている。
最近になってロータリー復活の噂が出て来たのだ。
レンジエクステンダー(発電用ロータリーを使い、モーターで走る)と言う噂もあれば、現在開発中と噂の16Xなる1.6Lの新型ロータリーエンジンの噂もある。
モーターショーでもRX-Visionと言うコンセプトカーが披露され、将来発売されるRX-9だと言う噂も。
最近になって、再びロータリーエンジンに注目が集まっているのだ!
この流れからか、もはやロータリーを知らない世代に古くなったRX-7などは勧め難い。
そこで注目されているのが、比較的程度も良く、AT車も多く出回っているRX-8だ。
近年は若者がスポーツカーから遠ざかり、高齢化した層を追う様に各社は高価なスポーツカーを取り扱う様になってきた。
最近でスポーツカーと言えば、500万円~と言った感じだ。
そこへトヨタが300万円台で買える86を発売してから、一気に人気が再燃している印象。
ただ、昔の傾向と違うのは、スポーツカーと言えばターボと言った時代と異なり、NAのスポーツカーが多い点だ。
そうなってくると、RX-8と言う車のポテンシャルはかなり高次元にあると言える。
しかも良く考えてみると、当時RX-8は300万円以下で販売されており、上級グレードでも315万円と相当安いのだ。
この車、現行のスポーツカーと比較したら、どう言う事になるのか?
これが、めちゃくちゃ速いと思う。お世辞抜きで、これが現実なのだ。
今まで比較対象に恵まれなかっただけで、現行の同車格と比較した時、この車が如何に不遇の扱いを受けていたのかと知る事となる。
そして何より、この車が今から15年も前に設計されていると言うのだから、今でも通用するどころか、一線級で活躍出来るポテンシャルを秘めていると言う事に驚かされるはずである。
ただし、どんなに優れた車と言えど、燃費の悪さだけはどう足掻いても覆る事はない。
この唯一の欠点を許容できるのであれば、是非一度は乗ってもみたい。
冒頭でもお伝えした通り、RX-8にはロータリーエンジンと言う、唯一無二のエンジンを搭載している。
レシプロエンジンと異なり、バルブなどの構造を持たない事でメカニカルノイズが少なく、澄んだサウンド、また、ローターの回転によって生じる吸排気の脈動で、生き物の呼吸の様な波のある特徴的な音がロータリーサウンドと呼ばれ、多くのファンを魅了する。
ただ、良く小型軽量と称されるが、実は軽量ではない。
コンパクトなのは事実だが、ニッサンのSR20DEに比べても遥かに重いので、重量面でのメリットはない。
ただし、圧倒的なメリットを誇るのは小型と言う部分であり、市販車では極限レベルの低重心化と、重量物を中央に寄せる事が出来るので、フロントミッドシップと称される理想的な重量配分のレイアウトを取り易い事である。
これらはロータリーエンジンの魅力に過ぎず、RX-7でも同様の事が言える。
では、RX-8の魅力とは何なのか。
まず、ユニークなエクステリアが上げられる。
観音開きと言うフリースタイルドアを有しており、一見するとスポーツカーらしい2ドアクーペの様なスタイルだが、Bピラーを持たず、ドアを開けると中央にとてつもなく広い乗降空間が取られている。
開けた時のインパクトも、他の車には無い独特な左右両開きとなるので、それだけでも特別感がある。
また、リアシートは単なる飾りではなく、前後で大人4人が十分に座る事の出来るスペースとなっており、余程大柄な人でなければ長距離ドライブも全く問題は無い。
ただ、リアスペースの窓は開かないので、外の景色を楽しみたい人にとっては少々窮屈かもしれない。
また、一つだけ買ってから気付いた事があるのだが、4ドアだから便利だと思っていたところ、フロントドアを全開に開かなければリアドアを開いて乗り降りする事が出来ない。
そのため、広い場所では紛れもなく4ドアとして扱えるが、デパートの立体駐車場など、狭い空間ではリアドアが使えず、2ドアクーペと変わらぬ使い勝手となってしまう。
次にスポーツカーとしての性能だが、やはりBピラーを廃止したドア周りの剛性などが気になるところだ。
しかし、これには開口部周辺の板厚強化やリアドア内のビルトインピラー構造、フロアそのものの捻じれを抑えるセンターブレースやリアフロアのV字ダイヤゴナルバーなど、かなり意識して剛性を確保している。
実際、乗ってみても剛性に不足感を感じる事はまずないだろう。
それだけでなく、フロア下もフラットになっており、空力特性にも妥協は無い。
シャシーはマツダ特有のパワープラントフレームで、ミッションとデフを直結し、この構造はダイレクト感を向上させる目的だけでなく、パワートレインが連結される事で、前後方向のマウントスパンを長くしたのと同様の効果が得られる。
マウントスパンを長く取ると、振れに対して剛性が上がり、レスポンスの向上と、少ないマウント数で支持する事ができる。
お気付きの通り、マツダのFRがミッションマウントを持たないのはこの構造による。
足回りの構造はフロントにダブルウィッシュボーン、リアにマルチリンクを採用している。
マルチリンクは単純な上下方向の動きだけでなく、前後左右とかなり複雑な動きにも対応しており、これによって路面への追従性が飛躍的に向上している。
インテリアは前期と後期で印象が異なるが、基本形は同じ三連型メーターを装備し、中央にはやる気にさせる10000rpmまで刻まれた大きなタコメータ、そしてタコメーター内にスピードのデジタル表示が内蔵された形となっている。
また、ユニークなギミックも搭載されており、エンジン始動後に水温に応じて切り替わる、可変レッドゾーン表示があり、冷間時のエンジン保護に一役買っている。
グレードの違いによって電動リクライニングシートやシートヒーターが装備されていたり、レカロのバケットシートや大径ホイール、専用エアロパーツなどが装備された物もあるが、これらはRX-8を語る上では単なるおまけに過ぎない。
かなりざっくりとした説明ではあるが、これらのパッケージを備えながら、当時のマツダは安価な価格設定で販売していた。
マイナーチェンジでは、エクステリアの大幅な変更だけでなく、エンジンとECUの仕様変更に加え、フロア下をよりフラットにするための燃料タンク形状変更、マフラーの再設計、リアのサスペンションジオメトリ変更に伴うナックルの再設計など、通常、マイナーチェンジでここまでコストの掛かる仕様変更は稀であるが、ここにマツダの本気が窺える。
その価値が、今になってようやく世間に伝わった様だ。